写真

2019-07-01

業務用自転車?

なにか不思議な自転車に思える。なぜかというとヘッドチューブとトップチューブを繋ぐパイプはなんとなくデコレーションされているようで、荷台は大きく沢山の荷物が乗せることが出来そうだし前輪を挟むフォーク状の上の部分も何やら加工されている。また車体のフレーム自体優雅?な曲線を持っている。車輪は太めで重量物を運んでも大丈夫そうだ。
この自転車を見たのは世田谷区のお洒落な街になった二子玉川近くの土手。時は2002年くらい、まだこの時代は二子玉川もこんな業務用?自転車が走っていたのだろうか?

 

3

2019-06-01

2018年11月 或る日に・・・・

コンパクトデジカメで撮影したカラー画像をモノクロにしてちょい昔風に、アナログ回帰。
この年の11月は暖かくまだ雪が降っていなかった(と、思う)碧い空に浮かぶ雲は、まだ雪雲を連想するには穏やかな感じで11月ということを感じさせない。

201811-80pcent

2019-03-02

C1247 高崎機関区にて

昔、今で言うところの「鉄ちゃん」ですが余り深入りしてないので「もどき」です。まぁ男の子は動くもの、走る機械は興味の対象なので平凡ながら列車や機関車の写真を撮影していました。当時私の住んでいた地元では国鉄の電車は無く、蒸気機関車の引く列車かディーゼルエンジンを使用したディーゼルカー(気動車)でした。私鉄では定山渓鉄道が1969年まで電車を走らせていましたが、これも札幌から定山渓間をバスによる運行になりました。(一時、気動車による国鉄札幌駅に乗り入れをおこなっていた)

さて、今回の写真は北海道と関係ない群馬県高崎市にある高崎機関区で撮影したものです。「もどき」の私は「わざわざ」汽車を撮りに遠地に行ったのは2度しかないので、この高崎機関区は何かのついでに?撮影したものです。今では機関区内での撮影は事故防止や盗難防止のためできませんが、中学生くらいのころに遊びに行った機関区では注意された記憶がありません。というか一応事務所らしきところに「写真を撮りたいのですが」、と許諾をもらいにいくと手の空いている機関士さんが、蒸気機関車の運転席に座らせてくれたり構内を案内してくれることもあり、鉄道は単なる輸送手段以上に生活に溶け込んでいたのようにおもいます。

国鉄では動力近代化計画が、1960年(昭和35年)から実行に移されました。それに伴い電化やディゼル化による蒸気機関車の駆逐が始まりました。撮影当時(1970年頃)高崎機関区には火を落とした罐が何両もあったので、近代化は小型の蒸気機関車が活躍していた地方の路線にも、鉄道ファンからすると「魔の手」が及ぶことになってしまいました。このC1247は1934年にされ製造され1970年8月に廃車になるまで北関東を中心に活躍していたようです。

C1247_197008_3

余談:JR北海道では非電化区間で使用しているキハ40型の気動車の更新車両として電気式気動車「H100形」の導入を見送ったとの記事が出ていた。この電気式気動車はディーゼルエンジンで発電機を回して電気を作り、その電気でモータを回して動力にするというものだったのですが・・・・・JR北海道は在来のキハ40を、だましだまし使用することになりました。

 

参考にさせていただきました http://d51498.com/db/C12/C1247

 

2019-01-02

丸井さんの屋上から三越をみる~昭和40年代前半?の風景~

今は屋上が開放されていなけれど、昔は屋上に出ることが出来た現丸井今井デパート旧館の屋上より西のほうを見た写真です。
手前の煙突は、多分池内の建物か?左側の建物の屋上には、北海道放送の看板が。HBCのH.P.で沿革を見ると昭和34年にHBC会館が竣工しているので、この場所から放送していたかは不明だけれども、多分スタジオがあった様な記憶が・・・・。この建物には1-2階?が大丸藤井、昭和の終わり頃にはこの2階にはラーメンの三平があった(wikiで調べると4階で営業しているようだ)その西側の隣は富貴堂で書籍、文房具2階には楽器売り場があった。この写真には写っていないが富貴堂の横にはロバパン、茶房十字街があった。
東芝テレビの広告塔の下はレコード店「音の岩泉」だったかと。この「音の岩泉」は現在もCD、DVDの卸店として存続している。

0008606_ok

関連する画像はこちら
http://mya-ko3.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-636b.html
http://mya-ko3.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-7c86.html

昭和の次、平成もあと少しで終わり。この画像も50年位前に撮影したことを考えると、今デジカメで撮影した画像を50年後誰が見てくれるのだろう?

2018-12-14

寒いのにファンヒーターが・・・・・

石油ファンヒーターを新調することにした。いままで使用していたファンヒーターが油漏れを起こしてしまった。外部の灯油タンクから来た灯油を燃焼室へ送るポンプのパッキンが劣化?して油漏れを起こしているよう。さすがに、このような状況は素人にはお手上げ状態、仮に直せたとしても火と油を使用する石油ストーブなのだから万が一を考えると新調したほうが絶対後悔することが無いと思われる。
近くのホームセンターに商品の在庫と設置工事依頼(吸排気管の工事)の確認をした。年末と急に寒くなったためか、工事は一週間ほど先になると言う。まだ12月なので冬真っ盛りと言うわけではないけれど、明日の最低気温はマイナス5度、最高気温はマイナス1度、さほど寒いわけではないのですが、やはりオイルヒーターだけというのは心もとない。そこで登場したのが昔使用していた小型のファンヒーター、これに1週間ほど頑張ってもらわなくてはならない。

Photo

ところでヤフオクを覗いたら、この大きいほうのファンヒーター¥16,000で落札されていた。この商品は製造終了から10年以上は過ぎてると思う。業者さんのアフターサービス用の部品とりなのだろうか?

訂正:ファンヒーターと書いているのですが・・・この石油ストーブはFF式といわれているものでした。
「FF」の略語は「forced flue」の頭文字から取られたもので。日本語では「強制給排気式」  ともいわれるそうです。燃焼のための吸気と燃焼後の排気を室外に排出するための煙突?が裏側に 設置されています。FF式はファンヒータの一種類ということ?                           

2018-12-07

橋桁の向こう

東京都千代田区にある昌平橋から総武線の高架下を撮影した。高架の橋げたの向こうは御茶ノ水聖橋で、その下に見えるのは地下鉄丸の内線のトンネルです。下を流れる川は、有名な?「神田川」です。低層の建物群が川のヘリにへばりつくように建っています。
ビリヤードで有名な淡路亭もこの低層建物群の中にあります。川のほうから建物の裏側を見ると3階建てのようですが建物の入り口は外堀通りに面していて通り側から見ると2階建てで淡路亭も玉台家具製作所 株式会社淡路亭の看板?も見ることが出来ます。
昔の神田川、このあたりを広重が「名所江戸百景」 昌平橋聖堂神田川として残しています。やはり浮世絵でも川のヘリに建物がありました。

E31_5283

場所は北緯 35度41分54秒 東経 139度46分07秒

反対側から見た画像は・・・http://mya-ko3.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/index.html

2018-11-02

晩夏、小樽

一応、撮影したところが小樽だったためタイトルに「小樽」を入れましたが、この画像だったらどこの地名を入れても問題ななさそう、例えば「ユジノサハリンスク夏の終わり」でも分からない?
この画像、色調をかなりいじっています。ちょっとくどい色合いかも・・・。

D53_5195

記事を投稿後。グーグルアースで場所探しをしたのですが、具体的ば位置がはっきりしなかった。前後の画像でおおよその場所が分かりました。それはここら当たりです。(あくまでもここら当たりです)

北緯 43度11分35.95秒
東経 140度59分57.07秒

2018-10-22

晩餐の時間

沈む夕陽の残る明るさが中華街をぼんやり照らす。そろそろ晩餐の時間だ。さてどの店に入ろうか・・・・

800x530

2018-10-03

大地震+停電と黒電話

北海道全域295万戸を停電にした大地震の影響で黒電話が再び活躍しました。この通信方式は百年以上も前に誕生し、システムはどんどん変化しているけれど基本的な原理はほとんど変わっていない。そんな訳で我が家に避難してきた(水道、ガスが使えた)家族が「スマホのバッテリーが・・・・」などと騒いでいる間、黒電話は安否の問い合わせに活躍した。

この電話機は601-A2というNTTが提供していたもので、電話回線を引く(電話の契約をする)と電話機と屋内回線がレンタルされ毎月使用料を払って使用していました。何年目かぐらいに原価償却した電話機と屋内回線を買い取ることができ(多分数百円だったような記憶が)自分のものになった。この電話機は47年前に使用開始し途中十数年はFAXの下で埃かぶっていましたが、今回なんの問題も無く活躍してくれました。

E3101_4752_2

台風24号による停電が発生している静岡県では、電柱の倒壊や飛来物による断線やショートなどが停電の主な原因で、電話の線も同じような場所に敷設されているので、断線による不通も考えられます。この場合残念ながら黒電話でも対応できません。またFAXなどのように電気を使うものを経由して接続されている場合も、壁などにある電話機取り付け口(モジュラー)に黒電話を接続しないと利用できません。

Photo_5
災害時の情報は、やはりラジオかもしれない。SNSやLINEはデマ情報もあるので情報の出所がはっきりしているNHKや民放ラジオ放送は重要な情報源。
今回の地震で孫達のLINEに届いたデマ情報
「午後3時から断水になる」「救援中の知り合いの自衛隊員から聞いた。『不気味な音が聞こえる、本震が○月○日の○時にくる』」情報源の分らない情報をLINEでバラ撒くほうもどうかしている・・・・と、思う。

このラジオ単三電池2本で動作して24時間以上は動作していた。
 

2018-09-24

昼下がり

2006年にTBS系列で放送されたテレビドラマ「輪舞曲」でチェ・ユナ(チェ・ジウ)が経営する韓国料理店がこの付近にあった。といってもドラマ上のことなので店内の撮影に使用された店が、ここら辺にあるわけでは無いと思いますがこの通りがドラマに出てきていた。
撮影当時、昼はこの通りのんびりとしたいささか気の抜けるような感じの通りですが、田園都市線が都内からそして京浜工業地帯からは南武線が、二つの線が交差する溝の口駅は夜の帳が下りる準備をする頃には家路についた学生・労働者が主役の新たな賑わいを見せるところでもあります。この「かとりや」さん店先で焼き鳥を焼いていて当然、立ち飲みあり・・お世話になりました。
グーグルアースで覗いてみると焼き鳥「かとりや」は、今も元気に商売をされているようでなによりです。

場所:35°36'02.60" N 139°36'32.06" E

E3100_2161_2
撮影 2004年

より以前の記事一覧

無料ブログはココログ
2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト

万華響へのLink

撮りためた花の画像です

  • _1151_d52_0285
    撮りためた花の画像です(平成27年11月2日更新)現在1130枚

boke & bure

  • 0979flmscn
    アルバム名の通り「ボケ」と「ブレ」の写真です。 最終更新日 平成23年7月8日現在 271枚

PC万華鏡別館

  • Rsckg19311g
    万華響の倉庫